2025年06月20日
かつて、農村の畑や田んぼの土は、小さな生き物たちの活気で満ちていました。しかし、現代の農業は効率や即効性を優先し、化成肥料や農薬、機械化によって土壌の微生物が激減してしまっています。「微生物がいない土」は一見すると問題なさそうですが、実は作物の生育不良、栄養価の低下、連作障害の発生、病気の多発といった、農業にとって深刻な弊害を引き起こします。
この記事では、微生物がいない土がどうして増えたのか、どんな問題を引き起こすのか、そして土の再生・肥沃化のためにできることを、最新の農業動向や事例も交えて分かりやすく解説します。環境再生型農業やSDGsが注目される今こそ、未来の土づくりについて考えてみませんか。
目次
「微生物がいない土」とは?
「微生物がいない土」と聞くと、少し大げさな表現に感じるかもしれません。しかし実際に、日本各地で“微生物が極端に減った土”が増えているのです。
微生物がいない、もしくは非常に少ない土壌は、有機物の分解や養分供給の働きが著しく弱まり、植物が本来持つ生命力を十分に引き出せなくなっています。微生物がいない土とはすなわち、“肥料や農薬だけでは補えない、本質的な力を失った土”です。
この記事では、なぜそのような土が増えたのか、微生物の力を取り戻すにはどうすればよいのか、みなさんが現場で活用できる実践方法をしっかりお伝えします。
土の中には微生物がいる
一般に、健康な土の1gには、実に1億〜10億個もの微生物が住んでいるといわれます。細菌、放線菌、カビ、酵母、藻類、線虫など、その種類は非常に多様です。
彼らは、落ち葉や作物の残渣(ざんさ)、動物の排泄物や遺骸などの有機物を分解し、植物にとって必要な栄養素を作り出す“自然のリサイクラー”です。微生物は、肥沃な土に欠かせない栄養の循環・土づくりの主役であり、農業だけでなく、自然界の持続的な循環を支えています。
なぜ「微生物がいない土」が増えてきたのか
かつて日本の田畑は、落ち葉やワラ、家畜の糞尿などが循環し、微生物が豊富に生息していました。しかし、高度経済成長期以降、農地の大規模化・機械化が進み、化成肥料や農薬、除草剤に依存する栽培法が主流になりました。その結果、土壌に本来自然に供給されていた有機物が減り、微生物の住みかやエサも減少したのです。
さらに、耕作放棄地や住宅開発、過剰な耕起による土壌の劣化も、微生物の激減に拍車をかけています。こうした流れが、微生物がいない土を全国的に増やす大きな要因となっています。
微生物がいない土、少ない土で作物を育てると
「土中微生物が減ることで、本当に作物に影響が出るの?」と疑問を持たれる方も多いでしょう。しかし、全国の農業現場や家庭菜園では、肥料をどれだけ与えても作物の生育が悪かったり、病気や連作障害が頻発したりといった事例が年々増えています。これこそ、微生物という“縁の下の力持ち”が失われたことの証拠なのです。
作物が育ちにくくなる
微生物が分解することでしか生まれない栄養素があります。たとえばリンやカリウムなどのミネラル分は、微生物の分解活動を経て初めて植物の根が吸収できる形(イオン化)になります。
また、土壌粒子の団粒化(だんりゅうか)も微生物の粘液や糸状菌のネットワークによって促進されます。団粒構造が壊れた土は、通気性・保水性が悪くなり、根が伸びにくく、根腐れや生育障害の温床になります。微生物がいない土では、どれだけ高価な肥料を使っても作物が本来の力を発揮できなくなるのです。
植物の免疫力が落ちる
微生物が豊富な土壌は「善玉菌」が優勢であり、これが病原菌の増殖を抑え、作物の病気や害虫被害の発生リスクを自然と低減しています。
一方、微生物が少ない土では、悪玉菌や特定の病害虫が爆発的に繁殖しやすく、作物の免疫力が低下。外から農薬や殺菌剤を繰り返し投入しなければ健康な生育が維持できない、という悪循環に陥りやすくなります。
微生物がいない土、少ない土で育った作物は低栄養に
「昔の野菜は味が濃かった」「現代の野菜は水っぽくて味が薄い」と感じる声が多いのは、まさに微生物環境の違いに起因しています。
微生物が有機物を分解することで作物が吸収できるアミノ酸や微量元素が増え、それが味や香り、栄養価を豊かにします。微生物が少ないとこれらが供給されず、現代野菜は低栄養・低食味になってしまうのです。
微生物は、目に見えない「縁の下の力持ち」
畑で目にすることのない微生物ですが、その働きはまさに“縁の下の力持ち”。彼らがいなければ、落ち葉や残渣はいつまでも土に還らず、栄養分の循環が滞ります。土壌微生物は土の健康を支える主役であり、作物の生産力や品質にも直結します。
現代の農業問題の多くは、この「縁の下の力持ち」がいなくなったことに起因していると言えるでしょう。
土中の有機物を分解し、養分に変える
微生物は、枯葉・刈り草・動物の糞尿・食品残渣など、自然界のあらゆる有機物を分解し、最終的にアンモニアや硝酸塩、リン酸などの養分へ変えています。このプロセスは人間には再現できず、微生物にしか担えない「土壌の自浄作用」です。こうして土壌の肥沃度が維持され、作物が毎年安定して収穫できる環境が守られています。
根から作物全体に、必要な栄養を届けやすくなる
微生物が活発な土では、土壌の団粒構造が発達し、根の周りの空間が広がります。さらに、微生物が作り出す酵素やホルモン(オーキシンなど)が根の成長を促し、細根を増やします。結果、植物はより多くの水分・養分を効率よく吸収でき、全身に健康な栄養が行き渡るのです。逆に、微生物が少ないと根が発達せず、肥料の効果も限定的となります。
病気を防ぐ
微生物のバランスが整った土壌では、善玉菌と悪玉菌、中立菌が共存し、全体として病害菌の増殖が抑制されます。たとえば納豆菌(バチルス属)、放線菌、乳酸菌などは、病原菌と拮抗し、土壌全体の健康を維持します。微生物が減ることで悪玉菌だけが増殖し、青枯病や立ち枯れ、根腐れなど深刻な病気が頻発するのです。
連作障害が起きにくくなる
微生物が多様に存在する土壌では、連作障害の原因となる特定の有害物質や病原菌が蓄積しにくくなります。作物の根から出る“根圏物質”も、微生物が分解することで有害化を防ぎます。
逆に微生物が少ない土は、一度障害が出ると長年にわたり作物を変えても症状が改善しません。連作障害対策の第一歩は、「微生物の多様性を高めること」なのです。
なぜ現代の畑の土には微生物がいないのか
農家の高齢化・人手不足による大規模化や省力化志向が進み、「土づくりよりも作業効率・コストダウン」を優先する傾向が広がっています。一方で、化成肥料や農薬の過度な投入、耕作放棄地の増加、宅地開発による土壌流出など、“土の健康”を軽視した農業が日本各地で課題となっています。微生物の重要性は分かっていながらも、目に見えないがゆえに“後回し”にされてきました。
化成肥料や化学農法への依存
高効率・省力化のための化成肥料や農薬は、土壌に本来備わっていた分解・循環の仕組みを徐々に壊してきました。
肥料で一時的に収量は上がっても、微生物は減り続け、年々地力が低下していきます。現場では「昔のように堆肥を入れたり、草をすき込んだりする手間が惜しい」といった意識もあり、ますます微生物のエサや住みかが失われています。
効率やコスト重視で、土の健康まで目がいかなくなった
大規模化や契約栽培の増加によって、1年ごとの収益や納期が重視され、「長い目で見た土の健康」よりも「今年の収穫」に意識が向きがちです。
「土づくりは時間もコストもかかるから後回し」とされるケースが多く、結果として土壌が疲弊し、次第に連作障害や収量・品質の不安定化を招いてしまっています。
「後回し」だった微生物の存在
技術が進歩するほど、「目に見えないもの=軽視しがち」になる傾向が強まります。しかし、近年になり、気候変動やSDGsへの関心が高まったことで、再び「微生物の力」が重要視されはじめています。今こそ、農業の原点である“土の健康”にもう一度目を向けるべきタイミングです。
今、見直される「微生物のチカラ」
世界では「リジェネラティブ農業(環境再生型農業)」が急速に広がり、日本でも微生物資材や堆肥、緑肥(カバークロップ)などを活用した「自然の力を活かす農業」へのシフトが進みつつあります。
農家や自治体、企業が連携し、土壌微生物の活性化に取り組む事例も急増しており、まさに今、微生物の力が再評価されているのです。
環境再生型農業という考え方
環境再生型農業は、単に収量や利益を求めるだけでなく、土壌の多様性・生態系を再生しながら、持続可能な農業を実現する手法です。
カーボンニュートラルや生物多様性の確保という社会的要請にも応えられる方法として、日本国内でも大規模なモデル事業が進められています。微生物はこの農法の“要”であり、堆肥や微生物資材を使って土壌を活性化する技術が注目されています。
土壌改良に微生物資材を活用する農家が増えている
微生物資材には、納豆菌や乳酸菌、放線菌、光合成細菌、糸状菌などが主成分として含まれます。これらは市販のボトルや粉末として販売されており、堆肥や肥料と一緒に使うだけで、土壌中の微生物バランスを短期間で回復させることができます。
近年は大規模農家だけでなく、家庭菜園や市民農園でも「まずは微生物資材から試す」という人が増加中です。これが日本の農業の“新常識”になりつつあります。
「微生物×農業」は未来のスタンダード?
ICTやAI、ドローン技術の発展と並行して、「微生物の力を活用した土づくり」は今後の農業の標準手法となるでしょう。サステナブルな農業経営、気候変動への適応、消費者が求める高品質な作物……すべてのカギは「土の中の微生物」にあります。
土づくりは微生物とともに
土の健康なくして作物の健康なし。微生物を取り戻すことは、すべての土づくり・農業経営の第一歩です。今から始められる「微生物による土壌再生」について、次の実践方法を参考にしてください。
化成肥料、農薬を減らすことから始めよう
土壌微生物を増やすには、まず化成肥料や農薬の使用量を減らすことが重要です。有機物(稲わら、雑草、籾殻、落ち葉、バーク、茅、堆肥、緑肥)を積極的に土壌に投入し、微生物のエサと住みかを増やしましょう。これにより、数年かけて土壌環境が改善し、肥料コストも抑えられるメリットがあります。
微生物資材を活用して土を活性化
市販の微生物資材は、初心者からプロ農家まで手軽に導入できる土壌再生アイテムです。既に「微生物がいない土」になってしまった場合でも、微生物資材を定期的に投入することで、土壌微生物のバランスが回復し、有機物の分解・病害菌の抑制・連作障害の予防など、様々なメリットが実感できます。
導入は簡単ですが、効果を継続させるためには有機物の投入や、過度な農薬・化成肥料の削減もあわせて行いましょう。
まとめ:多様な微生物の存在が、土を肥沃にする
土壌微生物は、「土の健康を守る守り神」。どんなに肥料や農薬を使っても、微生物がいない土は本来の力を発揮できません。
土づくりの本質は、見えない微生物の多様性を高め、循環型で持続可能な農業を実現すること。これからの時代は“微生物と共に歩む農業”が、土を肥沃にし、未来の農業・食を支えるカギとなります。
まずは微生物資材を取り入れてみよう
現場でいきなり全てを変えるのは難しいかもしれません。しかし、小さな一歩である微生物資材の導入からでも十分に変化を感じることができます。
まずは、手軽に使える微生物資材から始めてみませんか。目の前の畑、そして子や孫の世代の農業のために、「微生物がいない土」から「微生物豊かな土」へ……その第一歩を踏み出しましょう。